「咳するとき、ちょっと横向こうね」が、そんなに難しい?
「人の顔に向かって咳をしない」
これって、そんなに難しいことでしょうか。
私は子どもたちに普通に言います。
「咳が出そうになったら、ちょっと横向こうね」
以上です。
難しい説明、一切なし。
「咳は何メートルも飛ぶし、飛沫感染が・・・」なんて話もしません。
ただ、
「こっち向いたままゴホン!はやめようね」
です。
なのに、ときどきいる。
小学生になっても、
「ゴホン!!」
と、真正面から。
私はあなたの顔面から飛んでくるものを受け止める係ではありません。
そして思う。
誰か教えてあげて……。
もしかしたら、
「怒ったら可哀想」
「細かいことを言いたくない」
「子どもを傷つけたくない」
そんな気持ちで、あえて言わないのかもしれません。
分かります。
でも私は、こういうことこそ小さいうちに教えてあげた方が優しいと思う。
だって社会に出てから、
「あの人ってさ、咳するとき毎回こっち向くんだよね」
なんて言われる方が、よっぽど可哀想。
そこで、
「実は2歳の頃に教えてもらってなくて……」
と言っても、
「そうなんだ!じゃあ仕方ないね☺!」
とはなりません。
社会、そこまで甘くない。
そして、もう一つ気になるのが、
大人が子どもの代わりに何でもやってあげちゃう問題。
靴を履けるのに履かせる。
片付けられるのに片付ける。
失敗しそうだから先回りする。
もちろん、忙しい朝は分かります。
「自分で靴履いてー!」
「まだー?」
「もう出るよー!」
「……もう私がやる!はい!足!」
あります。
めちゃくちゃあります。
大人にとっては、
「私がやった方が早い」
なんですよね。
でも子どもに必要なのは、必ずしも「早さ」じゃない。
こぼす。
失敗する。
時間がかかる。
そして、もう一回やる。
その中で、
「自分でできた!」
が増えていく。
だから、手伝うことも優しさ。
でも、
手を出さずに待つことも優しさ。
「それはやめようね」と教えることも、
「自分でやってみよう」と見守ることも、
「失敗しても大丈夫」と待つことも、
全部、優しさなんだと思います。
だから私は今日も言います。
「咳するときは、ちょっと横向こうね」
ものすごく地味な教育です。
誰にも褒められません。
「先生、今日の咳の方向指導、素晴らしかったです!」
なんて言われません。
むしろ
「けーちゃんって子どもに厳しくない?」と思われてると思います。
でも、こういう地味なことの積み重ねが、社会で生きていくためのマナーになる。
将来、
「この人、咳するとき絶対こっち向くんだけど……」
と陰で言われる人生を回避するためにも。
私は教えます。
「咳は、こっち向かないでね」
これくらいは、教えてあげよう。
怒られないためじゃない。
完璧な人間にするためでもない。
ただ、
「自分が嫌なことは、人にもしない」
その練習です。
……ということで。
私は今日も、
比較的、いや、かなり口うるさい保育士です。
そして心の中では、
「お願いだから、私の顔面をターゲットにしないで。」
と祈っています。

